カズオ・イシグロ氏のノーベル賞スピーチから

 寒い朝をむかえ変なニュースが飛び交う中、スエーデンやノルウェーの北欧でノーベル賞の授賞式の様子が伝わってきます。

イシグロフアンにとってスエーデン・ストックホルムでの授賞式の模様は興味の対象でした。

今朝のZeitungに晩餐会のスピーチ全文が載っていました。
記念にここに記させて戴きます。彼独特の思いが綴られていて心動かされました。

 両陛下、両殿下、紳士淑女の皆様。
持っていた本のページ全体を占めるように彩り豊かに描かれた大きな顔を鮮やかに覚えている。外国人、それも西洋人の顔。浮かび上がる顔の後ろの片側には、爆発による煙とちりがあった。もう一方には爆発の中から天空へ飛び立つ白い鳥たち。五歳の私は、日本伝統の「タタミ(畳)」にうつぶせになっていた。
印象に残ったのは多分、ダイナマイトを発明しながら、その使われ方を危ぶんだ人物が「ノーベルショウ(賞)」を創設したという物語を聞かされた時、後ろからの母の声に特別な感情が詰まっていたからだろう。私が初めてノーベル賞という言葉を耳にしたのは日本語だった。母は「ノーベルショウ」が、平和や調和を意味する「ヘイワ」を促すためのものと言った。私たちの街、長崎が原爆により壊滅したわずか14年後。幼いなりに「ヘイワ」は大切なもので、もしそれがなければ自分の世界が恐ろしい何かに侵されるかもしれないと知っている。
 ノーベル賞は、多くの偉大な思想がそうであるように、子どもにも理解できる素朴なものだ。だからこそ、恐らく、世界の想像力を強くかき立て続けているのだろう。自分の国の誰かがノーベル賞を取った時に感じる誇りは、自分たちの選手が五輪のメダルを得た場面を見る時に感じるものとは異なる。
自らの民族が他より優れていると誇りを感じるのではない。それよりも、仲間の一人が人類共通の努力に意義深い貢献をしたと知ってもたらされる誇りだ。
呼び覚まされる感情は、もっと大きく、調和をもたらす感情だ。
 私たちは今日、民族同士が敵意を増幅させる時代に生きている。共同体が、激しく反目しあう集団に分裂する時代。このような時代にあってノーベル賞は、私の分野である文字のように、分断の壁を越えて考えさせ、人類として共に取り組むべきものは何かを思いおこさせてくれる。世界中どこでも常にそうであったように、母親が幼子に勇気を与え、希望を与えるために話すような内容だ。
この栄誉を受けて幸せかって?もちろんだ。びっくりさせる知らせを受けてすぐに、九十一歳になる母に電話した時、思いがけず「ノーベルショウ」と呼んだ、その賞を受賞できるなんて幸せだ。
私はそのおおよその意味をあの時、長崎で理解した。今は、その意味をしっかり理解したと信じている。その物語の一部に加わることが認められ、畏怖の念を抱いている。ありがとう。(ノーベル賞のウェブサイトに掲載されたテキストによる)



海外での生活者からの素直なお気持ちが文面に表れていて5歳からの異国でのご経験の賜物でいらっしゃいます。本当におめでとうございました。

今日はブログ友より知った小津安二郎監督の命日でもいらっしゃるそうで、数日前そのいわれの地を訪れ海を眺めてきて感慨無量でございます。

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Commented by k_hankichi at 2017-12-12 22:32
素晴らしいスピーチだったです。こういう話や立ち振る舞いができるイシグロ氏を改めて尊敬します。
Commented by madamegrimm at 2017-12-12 22:56
はんきちさま ほんとうに^^ 深い思いが短いスピーチの中に込められていらっしゃいますね。
Commented by maru33340 at 2017-12-15 19:49
素敵なスピーチですね。まるでイシグロ氏の小説の一説を読んでいるような気持ちになりました。
Commented by Oyo- at 2017-12-15 23:07 x
maruさま ほんとほんと^^ イシグロ氏のアイデンティティーがよく出ていらっしゃいますね。
by madamegrimm | 2017-12-12 12:30 | 人間 | Comments(4)

私の日常(madame grimm)


by madameoyou
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