河上徹太郎の言葉が気になる昨今
2016年 03月 22日
世界の即情報過多に時代の波から逃れられませんが人間の難しさがいつもいつも問われます。
そして私のクラシック音楽を聴く気持が薄らいできていてその音の中に入り込めなくなってしまい、人々との過去の拘りが思い出としてではなく苦しみとなって甦ってきてしまう。
何なのか・・・日本のクラシック音楽の歴史がそうさせているのではないか・・・。
明治時代に入ってきた沢山の西洋音楽はこの国の自然な姿で関係者は取り入れられなかった・・・。
伝統の違いもあり、環境の違いもあり、東洋と西洋の違いもあり、堅っ苦しくて粋がり過ぎてきました。
私、疲れたのかもしれません。河上徹太郎が小林秀雄と対談している「考える人」付録CDの対談を思い出すと最後に徹太郎が「小林、僕この頃変になったんだ、音楽って嫌いになったよ。」と。
小林秀雄は「わかるよ」と言っています。
それでも静かにバッハの平均律第2巻の嬰へ短調BWV883等を聴くと心が休まります。矛盾ですがバッハの音楽は普遍的なところなのですね・・・。
時間を待つことも大切に思います。