霜月(11月)も今日で終わるにあたって、グリム童話第19話より

 青空の見える今朝からのお天気模様、気温もそれほど寒くなく室温15℃。

気忙しくなる明日からのことを考える前に、しばらく遠ざかっていたグリム童話の事を考えています。

日本ではグリム童話の批判がよく取沙汰されていますが、たしかに残酷な話がたくさんあります。しかし童話は空想の世界の話ですから、現実の感覚やモラルをあてはめて、とやかく言うのは、無理なのです。(高橋健二の文より)

メルヒェンという言い方もはっきり定義することができないもので、他の外国語でも英語ではfairy tale,フランス語ではconteとなりますのでメルヒェンの感じからはかなり離れています。

das Märchenを辞書でひきますとおとぎ話、童話、昔話、作り話、とでております。

つまり空想から出ているので、いつどこでというようなはっきりした内容は無く、ブレーメンとかローマとごくわずかの地名は出てきますがその土地の出来事ではないのです。

アンデルセンのような創作童話とは異なる、グリム兄弟によって集められた作者不明の昔話なのであります。

そのようにグリム兄弟によって集められた210話の中から、まだこのブログに記していない方言童話の一つ『漁夫とその妻』を簡略に記してみます。

グリム童話第19話『漁夫と、その妻』(高橋健二訳)又は初版吉原両氏の訳では『漁師とおかみさんの話』

むかし、漁夫とその妻がいっしょに海のすぐそばの小さな小屋に住んでいました。漁夫は毎日出かけて、つりをしました。あけてもくれてもつりをしていました。
つりざおをもってこしかけてつりをしていると、うきがぐっと深く水底にしずみました。ひきあげると大きなかれいがあがりました。かれいは漁夫に言いました。
「ねえ、漁師さん、お願いです。わたしの命を助けてください。わたしはただのかれいじゃありません。のろいをかけられた王子です。わたしを殺したって、なんのたしになりますか。わたしはおいしくなんかありませんよ!わたしを水の中にかえして、泳がせてください。」
「いいよ、そんなにおしゃべりしなくてもいいよ。口をきくかれいなんか、泳がせてやるとも」と漁夫はいいました。そして、すんだ水の中に入れてやりました。かれいは水底へくぐっていき、ひとすじの長い血をあとに残しました。そこで漁夫は立ちあがって、妻のいる小さな小屋に帰りました。
「あんた」と、妻は聞きました。「今日はなんにもとれなかったのかい?」「うん」と漁夫はいいました。「かれいをつったがね。そいつが、自分はのろいをかけられた王子だっていうので、また泳がせてやったよ。」「あんた、なんにもたのまなかったのかい?」と、妻はききました。「いや、何をたのんだらよかったのさ?」と、夫はききました。
「ほんとにいつまでたっても、こんな小屋に住んでいるのはいやだよ」と妻はいいました。「くさくって、気持ちがわるくなるよ。小さい家を一軒ほしいっていえばよかったのに。もう一度行って、かれいを呼びなさいよ!小さい家が一けんほしいんだって、いいなさいよ。きっと願いをかなえてくれるよ。」「いや、どうしてまたいけるかね?」と、夫はいいました。「だって、あんた、かれいをつかまえて、また泳がせてやったんでしょ。きっとかなえてくれるよ。すぐいきなさい!」と、妻はいいました。それでも夫はいきたがりませんでしたが、妻にさからうのもいやでした。それで夫は海へ行きました。
行くと、海はすっかり緑色と黄色になって、もうすみきってはいませんでした。そこで漁夫は立ち止まって、言いました。
「ちびさん、ちびさん、ちょっときて、
かれいさん、海のかれいさん、
うちの女房のイルゼビルったら、
わしのいうようになってくれん。」

すると、かれいが泳いできて、「おかみさんはいったい何が望みなんです!」とききました。「いやはや」と漁夫はいいました。「わたしがあんたをつかまえたものだから、女房は、何かたのめばよかったのに、というのさ。女房は、もう小屋に住むのはいやだって。小さい家が一けんほしいって。」「帰ってごらん。おかみさんはもう家をもってるよ」とかれいはいいました。
そこで、夫は帰ると、妻はもう小さい漁夫の小屋にはいませんでした。そのかわりに、いまは小さい家が一軒たっていました。そして妻は戸の前の椅子にこしかけていました。そして、妻は彼の手をとっていいました。「さあ、入ってごらんよ。ずっといいよ。」そこで、ふたりは中にはいりました。家の中には、小さい玄関と小さいこぎれいな居間と寝間があり、めいめいにベットがありました。台所と食事をする部屋があり、どこにも一番上等の道具がそなわっていて、きれいにならんでいました。すずやしんちゅうの器も、そろっていました。うらには小さい空き地があり、にわとりとあひるがおり、野菜や果物の木のある小さい庭もありました。


こうして、一週間、二週間と過ぎると、妻は不満がつのってきて、夫に再度、次なる高い望みに話は展開していくのです。二回目にひらめさんに頼むものは《石垣のある城》。三回目は《王さまに》。四回目は《皇帝に》。
五回目には《法王に》。そして六回目にはとうとう《神様に》。

ひらめの海の環境はそのつど、どろどろとくさってゆき、風がふきまくり、嵐になり、家いえと木々が吹き倒され、山がふるえ、岩が海にころがりおちるのです。空はまっ黒く、かみなりが鳴り、いなびかりがします。海は、教会の塔や山のように高い黒い大波をたてました。
そんな中で漁夫は最後のひらめさんを呼びます。
‘Manntje,Manntje,Timpe Te,
Buttje,Buttje in der See,
myne Fru de Ilsebill
will nich so, as ik wol will.'   (No19. Von dem Fischer un syner Fruより)

神さまになりたいと言った漁夫にひらめは「帰ってごらん。おかみさんはもうもとの漁夫の小屋のまえに腰掛けているよ。」
そこにふたりは、今日までまだ腰かけています。

このように民話の様が実に刺激的に記されていて、欲にはきりがなく元もこもなくしてしまうお話には、圧倒されるのでした。

このグリム童話第19話は方言語なのでよく理解できない単語が私には多々ありましてドイツ語では記しません。
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Commented by k_hankichi at 2014-11-30 14:10
現実の感覚やモラルをあてはめて、とやかく言うのは、無理なのです、という言葉が、とにかくよいですね。この世は良いことばかりではないということを知らないといけないですよね。
それにしても、このグリム童話は、人間の欲望を際限なく表し、そしてその代わりに失われるものを淡々と叙述しているのですね。
Commented by madamegrimm at 2014-11-30 16:11
はんきちさま 前にもグリム童話のコメントをくださっていましたが、おっしゃる通り、極めて厳しい事柄がこの世にあることを、しっかりと作り話のメルヒェンで教えてくれる子どもと家庭のための童話であることを知らしめてくれています。ほんとうに・・・(^_^)v
遠方より感謝・・お気をつけて^^
by madamegrimm | 2014-11-30 13:38 | グリム童話ってすごい | Comments(2)

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