にょきにょき

 
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見て 見て 
若葉時雨日夕方 一角の竹藪
にょきにょき 土の中から姿を現す

勢いよく 真直ぐに  
何事にも ビクともしないで
一本一本 天に向かって 突き進む
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by madamegrimm | 2016-04-29 10:20 | 私の詩 | Comments(2)

若葉時雨の日

 天気予報のニュースキャスターの方が今日の様な日を‘若葉時雨’と表現していらっしゃいました。

町を歩いていると、まさに若葉や薫る花々に癒されます。

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昔の友たちが遠ざかっていく昨今、植物は裏切りません。哀しい人間のさが。
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by madamegrimm | 2016-04-28 12:37 | 樹木草花 | Comments(4)

 新潮文庫の新しい企画として村上柴田翻訳堂というシリーズものが出版され始めたことをN氏のブログより知り、興味が沸き早速に村上氏訳の『結婚式のメンバー』を読む。

このカーソン・マッカラーズというアメリカの著者は1917~1967年の女流作家でジョージア州コロンバスというところで生まれています。

私はアメリカは行ったこともなく、あまりにも広大な合衆国、英語もあの発音はスペルとマッチしない聞き取れない言語は、いまだにラジオの英会話を聴いていても不思議な音になって聞こえてくる。

あのふくむような丸めたような発音にはついて行けない。よってまさに日本人典型の苦手イングリッシュになってしまった。しかしスペルを見ると何とか少し解る。でも小説は読む気がしない。アメリカ文学はほとんど読んでいない。いまさら古希を半分近く過ぎた者には聞き流しで聞くしかないのでした。

ところが昔、『風と共に去りぬ』をアメリカ翻訳物で読んで以来、久しぶりに村上春樹氏の翻訳文庫を読んで、アメリカという土地を想像しながら実にアメリカ人の生活や人間表情、街の風景、会話などが表現豊かに飽きることなく読み進んでいけたのです。

この作者の13歳ころの自叙伝風作品は村上氏も解説でおっしゃっていられますが「私にはとてもこんな小説は書けない」くらい筆致の鮮やかさは、見事に際立っていることを記しています。

特別な種類の鮮やかさと表現している訳者は、翻訳というのは究極の再読だ、とおっしゃっている。

それほどにこの女流作家の真剣勝負の文章に村上春樹の勢いをひしひしと感じる小説なのでした。

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                ハナミズキが咲き始めました。別名:アメリカヤマボウシ
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by madamegrimm | 2016-04-26 00:13 | 人間 | Comments(3)

 山あいの家で須賀敦子全集2巻のエッセイ「ジュノワという町」を読んでいましたら、その文の中に、予定より一日延ばして、友人にすすめられた、当時(多分敦子が20代後半の頃)まったく知られていなかったエルマンノ・オルミ監督の処女作品を観たことが書いてあって、ふっと神保町の岩波ホールの看板を思い出す。

やはり観に行こうと、出かけて来ました。

思っていたよりほぼ満席です。皆さま、よくご存知ですねー。1978年、カンヌ国際映画祭の公式上映で二千名を超える観客が総立ちになり、審査員一致でパルム・ドーム受賞作品です。

その監督のその作品『木靴の樹』が再上映、ある北イタリアの教会がゆるやかに登場、バックの音楽はバッハのオルガン曲が静かに流れていきます。

広い農場に建っている家屋に4組の貧しい農村家族が醸し出す人間模様の物語です。

その土地や家屋、畜舎、道具、樹木の一本一本まで地主の所有物。

日々の暮らしに明け暮れる農民たちの唯一の共通点は皆心からのクリスチャンなのです。

信心深い人々の愛にあふれる日々に、敬虔なカトリック信者オルミ監督の思いが伝わります。

人間の問題として問いかけてくるような、カトリックの信者でなくても、日本の家々にも共通する、例えば神道や仏教の世界でも、祈るという、世界共通の人間は生きていかなければならないことを映像を通して私たちに教えているような気がいたしました。

画面はミレーやコロー、そしてゴッホの貧しい農民の絵を想わせるような場面を連想しますが、ミラノへ新婚旅行に出かける若い二人の情景は神の視線を感じるような美しい川の渡し船やミラノの街が、自然と人間が一体となって私に迫ってくるのでした。

リアルな場面もあり、人間の生きなければならない宿命まで感じ、イタリア人いえヨーロッパ人いえ全世界の人々へのオマージュです。

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by madamegrimm | 2016-04-21 12:04 | 人間 | Comments(6)

 ドイツ語の転換がうまくいかなくFotoにしてみる。

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読めないですねー、あーあ・・・。

今日はそら豆を買ってきて笑いましょっと。

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                    仕立屋が縫い合わせたそら豆^^
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by madamegrimm | 2016-04-20 06:55 | グリム童話ってすごい | Comments(2)

 ドイツ語で記していましたら途中でどこかへ飛んで行ってしまう。

どこかのキーを触ってしまったのか、久しぶりにドイツ語を打っていると一字一字確かめるのでもうかなり苦痛だ。

三人の訳者を比較したく思ったのだが、ドイツ語は時間があるときにゆっくり最後に記そう。

まず初版訳者吉原高志・素子氏の『旅に出た藁(わら)と炭とそら豆』
藁と炭とそら豆が相談して、いっしょに大旅行に出ようということになりました。いくつもの国を旅してきましたが、橋のかかっていない小川に行きあたり、渡ることができません。とうとう藁がうまい手立てを思いつきました。藁は川をまたぐように横になると、はじめに炭、それからそら豆の順に自分の上を渡っていくように言いました。藁の上を炭はのそのそゆっくり歩いていきました。そして、そら豆がうしろからちょこちょこ歩いていきました。ところが、炭が藁の真ん中まで歩いてくると、藁が燃えはじめました。そして焼け切れてしまい、炭はじゅっと音をたてて水に落ちて死んでしまいました。藁はふたつに切れて流れていきました。まだいくらかうしろにいたそら豆も、すべって下へ落ちましたが、なんとか泳いで助かりました。ところが、たくさん水を飲んでしまったので、しまいにははじけてしまいました。そしてそのまま川岸へ流されました。運のいいことに、ひとりの仕立て屋が、旅の途中、そこで一休みしていました。ちょうど手もとに針と撚(よ)り糸をもっていたので、はじけたそら豆を元通り縫い合わせてくれました。その時から、どのそら豆にも縫い目があるのです。

第三版以降の訳者金田鬼一(1886~1963)の『わらと炭とそらまめ』
 どこやらの村に、びんぼうなおばあさんがすまっていました。おばあさんは、そら豆がやっと一皿あつまったので、それを、ぐつぐつ煮るつもりでした。それで、かまどに火をおこして、それから、その火がはやく燃えあがるように、藁をひとつかみ、くべました。
そらまめをお鍋へあけるときに、おばあさんの手からこっそりすべりおちたのが一つあって、それが、土間へおちると、ふしぎな縁で藁のおとなりへころがって行きました。まもなく、まっかにおこった炭が一つ、かまどからはねだして、これも、ふたりのところへおちてきました。
 わらが、話をはじめました。
 「いよう、おふたりとも、どこからきなすった?」
 炭がへんじをしました。
 「わたしはね、いいあんばいに火の中からはねだしてきたのさ。これで、無理やりにおもいきってやらなかったら、大往生うたがいなし。なにしろ、燃えて、灰になっちまうんだからね」
 そらまめの言うことには、
 わたくしもね、けがのないうちに逃げだしてまいりましたのよ。おばあさんにお鍋んなかへ入れられようもんなら、あたくし、お友だちとおんなじように、なさけ容赦もなく、ぐつぐつ煮られて、どろどろになっちまったところだわ」
 「いや、吾輩も、似たりよったりの目にあうところだったのさ」と、わらが言いました。「吾輩のきょうだいぶんは、ばあさんが、ひとりのこらず火をつけて、煙(けむ)にしちまった。ばばあめ、いちどきに六十もひっつかんで、いのちをとったもんだ。わがはいは、運よく、ばばあの指のあいだからすべりおちたがね」
 「だが、これからどうしたらいいんだ」と、言ったのは、炭です。
 「あたくしは、こうおもいますのよ」とそらまめがこたえました。「あたくしたちは、もう少しで死ぬところを、運よくのがれたのでしょ。ですから、みんなかたまって、なかのいいお友だちになって、でも、ここにいて、またひどいめにあうといけませんから、いっしょに、どこかよその国へでかけたら、どう?」
 このはなしは、あとのふたりの気にいりました。それで、三人つれだって旅に出ました。ところが、まもなく小さな川の岸へきたものの、もとより橋はなし、丸木も横になっていないので、どうして向うへわたったらいいか、途方にくれました。
 わらが、うまいことをおもいついて、
 「わがはいが、よこにねころぶとしよう。そうすれば、あんたがたは、橋をわたるようにして、わがはいのからだの上をわたれるよ」と言いだしました。
 こんなわけで、わらは、こっちの岸から向うぎしへかけて、長々とねころびました。
 炭は、うまれつき性急(せっかち)だものですから、本性(ほんしょう)たがわず、できたてのほやほやの橋の上へ、いきおいよく、ちょこちょこ、かけだしたものです。けれども、まんなかまで来て、足の下に水の、ざあざあながれている音がきこえると、はじめのいきおいに似ず、こわくなって、立ちどまったまま、さきへ行く勇気がでません。ところが、わらのほうは、ぱっと燃えだして、二つにきれて、小川のなかへおちました。炭も、それといっしょに足がすべって、水へはいるなり、じゅうっといって、お陀仏になりました。
 そらまめは、ようじんぶかく、まだこっち岸にのこっていましたが、これを見たら、ばかばかしくって、笑わずにはいられません。ところが、いくらわらってもわらっても笑いがとまらないでいるうちに、あんまりひどく笑いすぎて、からだが、ぱちーんと破裂しました。
 このとき、いいあんばいに、修行の旅をしている仕立やの職人が小川の岸にやすんでいたのはもっけのさいわいで、もしこのお職人がいなかろうもんなら、そらまめも、藁や炭とおんなじように、寿命がなくなるところだったのです。
 しょくにんは、なさけぶかい人だったので、すぐ、針と糸をとりだして、豆のほころびをぬいあわせてやりました。豆は、職人にあつくお礼をのべました。けれども、しょくにんが黒糸をつかったので、それからというもの、そらまめには、どれにでもまっ黒な縫い目があるのです。(岩波書店文庫改版第23刷発行)
 

三人目の方はかの有名な高橋健二(1902~1998)訳・小学館(昭和51年~54年までに第7刷)発行の18話、『麦わらと炭と豆』
 ある村にひとりの貧しいおばあさんが住んでいました。おばあさんはそら豆を一さら集めて、それをにようと思いました。そこで、かまどに火をおこす用意をしました。そして、火が早くもえるように、一つかみのわらに火をつけました。おばあさんが豆をおなべにパラパラとあけたとき、うっかりしているうちに、豆が一つこぼれて、ゆかの上で麦わらのそばにころがりました。そのすぐあと、まっかに焼けた炭が一つ、かまどから、むぎわらと豆のところにとんできました。
 そこで、麦わらが口をきって話しはじめました。「ねえ、あんたたちはどこからきたの?」炭は「わたしは運よく火の中からとびだしたのさ。むりやりにげおおせなかったら、死んでいたことはたしかだよ。わたしはもえて灰になっていただろうよ」と答えました。豆は「わたしもけがをしないうちににげだしたよ。もうおばああさんがわたしをおなべの中へ入れてしまったら、なさけようしゃもなく、わたしはなかまと同じように、どろどろになるまでにられてしまっただろう」といいました。
 「わたしだって、みんなより間がよかったわけじゃないよ」と、わらがいいました。「わたしのきょうだいはみんな、おばあさんの手で火になり、けむりになって、なくなってしまったよ。おばあさんは一ぺんに六十もひっつかんで命をうばってしまった。さいわい、わたしはおばあさんの指のあいだをすりぬけたのさ。」
 「ところで、わたしたちは、どうしたらいいだろう?」と、炭がいいました。
 「わたしの考えはね」と、豆が答えました。「わたしたちは運よく死なずにすんだんだから、なかよしになって、手をとりあっていこうっていうのさ。ここでまたべつな不幸につかまることのないように、一しょに旅に出て、よその国にいこうよ。」
 その意見はほかのふたりにも気にいりました。
三人は連れだって出発しました。ところが、まもなく小川のそばにきました。そこには橋のようなものは何もなかったので、どうして小川をわたったらよいか、わかりませんでした。麦わらがうまいことを考えつきました。
そこで、「わたしが小川をさえぎるように横になるから、あんたたちは橋をわたるように、わたしの上をわたっていきなさい」といいました。麦わらはいっぽうの岸から反対の岸のほうにからだをのばしました。炭はせっかちなたちだったので、できたての橋の上にむてっぽうにちょこちょことかけだしました。まん中にきたところで、足の下で水がザアザア音をたてているのが聞こえると、こわくなって、立ちどまり、さきへふみだせなくなりました。麦わらはもえはじめ、二つに切れて、小川の中にしずみました。それで炭はずるずるとすべり、水の中に落ちると、シュッと音をたてて、こときれてしまいました。そら豆は用心ぶかくまだ岸にのこっていましたが、このできごとを見て、笑わずにはいられませんでした。笑いがとまらず、あんまりひどく笑ったので、豆のさやがはじけました。
 もし運よく旅かせぎの仕立屋が小川のそばで休んでいなかったら、豆も同じように、助からなかったでしょう。この仕立屋はなさけぶかい心をもっていたので、針と糸をとりだして、豆のさやをぬいあわせてやりました。豆はせいいっぱいお礼をいいました。が、仕立屋が黒糸を使ったので、そのときから、豆のさやに黒いぬいめがあるわけです。


ドイツ語のメルヒェンはやはりあと少しのところで飛んでいってしまいました。記せません・・・。
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by madamegrimm | 2016-04-19 12:43 | グリム童話ってすごい | Comments(2)

4月13日の桜吹雪

 山あいの友人たちよりお花見に誘われ川の流れを見ながら今年最後の桜吹雪を楽しんでまいりました。

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地元の方々しか入れない土手っぷち・・・。都内は雨模様でしたのに日も射してきて快い風も吹き見事な桜吹雪でしたがFotoには映らなく残念。

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何故か固定電話からNTT世界の切り替え光フレッツ、携帯電話や他社諸々の話になりこの複雑回線相矛盾する単純世界ネット関係に皆頭を悩ませているのでした。変な世の中になったものです。

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帰路、我が家まで約4キロ、道々にはこのように山吹の黄色が美しく、ヤブのなかには蝶々が・・・。

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ランチに飾ってあったハーブを戴いて水につけましたら桜の花びらが一枚^^

都内に戻ると昨夜14日夜九時過ぎ九州熊本地方に震度7の地震が又起きた事を知る・・・。
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by madamegrimm | 2016-04-15 21:32 | 未分類 | Comments(2)

バッハと私

ここのところほぼ毎朝CDデッキに入れっぱなしのバッハDas Wohltemperierte Klavierリヒテルの平均律を聴いている。

第一巻と二巻の入っている4枚目、第二巻・嬰へ短調BWV883からです。

このBWV883、何とも言えない繊細な出だしが静かに心を落ち着かせプレリュードの協奏的旋律に私の精神を奮わせてくれる。

フーガも三つの主題を持つ三重フーガで「フーガの技法」を除いては他に類例がないそうだ・・・。

次の曲、ト長調は急に軽快な曲想になっていって、さあ、今日も一日頑張ろうとバッハさまは私を押してくれる。

リヒテルの演奏には魂が入っている。この嬰へ短調に関して必ずしもご自分の演奏がこの並外れた作品に対して期待した成果をあげられなかった、と謙遜しておっしゃっていますが素敵です。

人間という摩訶不思議な生物はこの巨大化したネット網の中で踊らされている・・・私もその一人・・・

そして晩年の生き方を模索する私。

桜も散ってきました。緑の若葉が冴えてくる今日この頃・・・。

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by madamegrimm | 2016-04-12 11:28 | クラシックはお好き? | Comments(4)

山間の家近辺

 お天気が良くなる予報でしたので山間に一泊してきました。

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家に着いた途端にたて続けに来客・・・昔から何故か人を呼ぶ家なのです。

今日の庭

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ラッパ水仙があちこちに満開です。チューリップはまだ蕾

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紫陽花の若葉と可愛いすみれ
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ご近所の道路沿いの青花、ムスカリでしょうか・・・
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桃の花と桜
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バスからの眺めも春爛漫の一日でした。

都内は花びら落下^^

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あー、化粧道具、山間の家に忘れる。トホホ
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by madamegrimm | 2016-04-09 20:48 | 樹木草花 | Comments(2)

 今日も花冷えの日、明るい光に舞う花吹雪を見たいのですが雨に濡れた花びらが地面を蔽っています。

先日、書店を探索していました時、待望の復刊!と称して川端康成の『虹いくたび』というタイトルに惹かれる。

読んでいません。丁度、今の作家の方々の文章の書き方に疲れてきていて、日本語として基本的な文章を読みたいなーと思っていたところでした。

今完読して本物?の小説家に久々に出会った感じです。文の構成から人間の綾から、といたるところに活き活きとした描写に圧倒されました。

決して煌びやかな美しい内容ではありませんが、京都の四季の美がそこに佇む人間関係と絡まって作者の意図が読みとれ、昭和25年50歳頃の作品でありながら川端康成の死への道とつながり、考えさせられる場面の多々にぶつかるのでした。

冒頭から 琵琶湖の向う岸に虹の立つのを麻子は見た。から始まり、三人のそれぞれ母の違う姉妹、百子・麻子・若子が亡くなった人たちの影を背負いながら建築家の父・水原を中心にした娘たちのドラマなのです。

美しい京都弁がちりばめられていて、京都の芸者である水原の相手・菊枝の言葉に
「そうどすか。なんやしらん、沈んどいやすなあと、思てたんどす。御愁傷さまどしたなあ。」
と麻子の母である本妻が亡くなったことを知っての三番目の若子の母の言葉・・・。

こんな言葉もはかせています。
「人間はなんの時でも、なんか辛抱せんならんもんやけどなあ。ええ時てないもんどす。」

京都弁が柔らかく聞こえながら女の宿命みたいなものを感じるのです。そしてその季節季節に登場する花々、木々が各お寺の境内を写し出していて京都の街々が手に取るように雅やかです。

これぞ小説を楽しみました。

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尚こちらの後ろの解説には昭和37年10月北条誠、平成28年2月田中慎弥が記しています。
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by madamegrimm | 2016-04-05 13:53 | 人間 | Comments(4)