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ハーメルン伝説


時は春
 
   日は朝
 
    朝は七時
 
     片岡に露みちて
 
      揚雲雀なのりいで 
 
       蝸牛枝に這い
 
        神 そらに知ろしめす
 
         すべて世は事も無し
               
             上田 敏 訳 「海潮音」より「春の朝(あした)」          
  
  突然ではございますが、中学生の頃でしたでしょうか、19世紀イギリスの作者ロバート・ブラウニングの作品をかの有名な(その頃)上田 敏氏が訳したものを暗唱したことを思いだしたのです。
このロバート・ブラウニング、実は先日、ジュンク堂でハーメルンの笛吹き男の絵本を捜していたら、なんとブラウニングさんが出している!
あと、何人かの人が子どもの本になっている。
グリム兄弟のは無い!
やはり伝説であり, グリム兄弟は極力、メルヒェンという言葉をつけているとおり、けがれない空想から発しているお話が201話の「子どもと家庭のための童話(メルヒェン)」として、広く世に出ているのです。
兄ヤーコブが主として手がけた「ドイツ伝説集」はしばしば文学者によって創作の材料にされていて、このハーメルンの笛吹き男もそこからスタートしているのでグリムになっている、とIchの見解!!どなたか、ご意見をお聞かせ乞う!!!
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by madamegrimm | 2007-02-23 12:29 | 未分類 | Comments(3)

ラフマニノフについて

 先日、ピアニストの北野裕司氏の演奏を聴いてから、何か、S・ラフマニノフ(1873~1943)が、残響のごとく心に残り、このあたりを、つたないIchなりの主観で探ってみたい気持が湧いてきました。
昔、舘野泉氏がピアノ協奏曲第2番であったと思うが、すごい曲を弾いていらっしゃるなーと感激したことがありましたが、ロシアの作曲家プロコフィエフと17~8年くらいの違いで日本でも最近、少しずつ、演奏されるようになってきて、一般受けの面もあるラフマニノフは映画音楽などにも使われていたりするので聞かれた方は「あー、あの音楽!」となりますでしょう!
ピアニストでもあるラフマニノフは現代CD化されていますが、モスクワ音楽院在学中に作曲で金メダルを獲得し1918年ロシア革命からのがれてパリを経てアメリカに定住しています。
オペラや管弦楽曲なども作曲していますが、最も有名なのはピアノ音楽で協奏曲が4曲、最後の大作となった「パガニーニの主題による狂詩曲」(1934)などがあります。
Ichの好きなコレルリの作品から変奏曲なども作曲していて、彼の想いが徐々に祈る気持ちになって行かれたのではないか。
歴史の激動の中を一人の人間が、才能という自分に課せられた能力を生かしながら、生きて行かなければならない重荷は想像を絶するものがありましたでしょう!
人が着の身着のまま、動いていく様を想像してみてください!
戦争や、国と国との境での恐怖は計り知れないものがあります。
いまこんにち、こうして私達のこころを潤してくれている芸術家たちの努力はあの音楽から絵画から文学から一瞬の光を与えてくれる!その並々ならぬ努力から美しい芸術音楽になっていく。
なんて素晴らしいことでしょう!!!

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by madamegrimm | 2007-02-22 11:05 | クラシックはお好き? | Comments(2)

ピアニスト その7

 しばらくこのパソコンの前から離れていました。
都心に用事がかさなり、久しぶりにしっとりした山間にもどってきてなんて気持ちがいいのでしょう!
昨夜、北野裕司さんとおっしゃるピアニストのコンサートに行ってきました。
モスクワ音楽院を卒業なさり、現在、大阪音大など、関西方面で主にご活躍でいらっしゃいますが、モスクワの恩師でいらっしゃるエレーナ・リヒテル女史とそのお嬢さんのロシア人形のようなエカチェリーナ・リヒテルさんと三人の演奏会でした。
エレーナ・リヒテル教授は名高いロシアピアニズムの教授でいられる、ゲンリヒ・ネイガウスのクラスで学ばれた方で、来日直前体調を崩されていられたようで、ショパンとスクリャービンを演奏してくださいましたが、大変知的な方でいらっしゃいました。お嬢さんのエカチェリーナさんは、なんと初々しい清楚な方でしたでしょう!テクニックはさすがロシア育ち、音楽的な成長を楽しみにさせていただきます。
さて、北野裕司氏ですが、日本では、めずらしい経歴をお持ちの方で、高卒後、すぐにロシアに渡り、モスクワ音楽院をめざして、ロシア語を現地で猛勉強なさり、半年後にはモスクワ音楽院に見事入学、優秀な成績でコンクールに入賞したり、ソロリサイタルをなさったりしてロシアで大活躍していらして、Ichもベルリンでドイツ語を習っていたとき、同じクラスにモスクワ音楽院を出られた方がいて、北野裕司を知っているかと聞きましたところ、なんと、有名です!と言ってられた!
 久しぶりに今回のジョイント・リサイタルで彼の演奏を聴き、なんて大人になっているのでしょう!ラフマニノフという、難曲中の難曲を、こともなく自分の世界で美しい音とドラマティクな響きの演奏で、解からない曲も何か解からせてくれる錯覚に陥ってしまうくらい、もうIchには、神業としか考えられない集中度なんです!!ピアニストは大変です!!!Wunderbar!!!
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by madamegrimm | 2007-02-14 21:19 | クラシックはお好き? | Comments(0)

メルヒェンとクラシック音楽 その2

 音楽の世界では、ロマン派の人達が続々と出現してきている頃、グリム兄弟は黙々とヨーロッパで中世から語り伝えられてきているメルヒェンをきちんとしたドイツ語に書きかえてまとめていたのです。
ヨーロッパは今、‘EU’として、どんどん、ふくらんで来ています。歴史をひも解くと、中世、神聖ローマ帝国が、オットー1世によって建国されてから、ルネッサンス、百年戦争や、宗教革命が次々におこり、15世紀から18世紀のころにはアメリカ発見、東洋の神秘的など、文明開化で裕福な家庭はいろいろなお話を子供達は聞かせてもらえていたのではないか?
音楽もグリムの中にいくつか楽器が出てきますが、やはり、素朴なリュートとか太鼓、笛や歌声と、森に響く音が多い。
教皇グレゴリウス1世が5~6世紀ころ、グレゴリオ聖歌として教会で詠われるようになり、町では世俗歌が歌われていて、メルヒェンがoyouのこころに浮かんできます。また、イタリアの作曲家でA・コレルリ(1653~1713)という人がいますが、彼の曲を聴いていると、ゆっくりな出だしから静かに流れていく様はランプの下で、子供たちに読み聞かせているおばあさんの姿につながっていくのです。
ですので、研ぎ澄ました倍音の世界なんですねー!バッハ以後の平均律の楽譜からの音は19世紀から今日(こんにち)までの知識を積み上げた人々が難しく絡めてしまっていて、いま、新しい人間を造ろうと世界中が躍起となっている!!
真の心(精神)を考えたとき、後戻りでない、善しとした人間社会を、私たちはどうしたらよろしいのでしょうか?芸術は人のこころを幸せにするって言われますがはたしてそうであるか・・・。
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by madamegrimm | 2007-02-06 17:24 | クラシックはお好き? | Comments(4)

メルヒェンとクラシック音楽

 すごいタイトルをつけてしまいました。
前から、気になっていて、何か、自分なりに、考えをまとめてみたい、そんな想いがずーとIchを捉えているのです。 2月に入り、連日、晴天に恵まれてはいるものの、地球異変を感ぜずにはいられない昨今、驕(おご)れる人間によって自然界がはちゃめちゃになろうとしている。

先日も、近所の知人が脳溢血で倒れ病院に見舞いに行ったとき、(その老人は長年、地域で木を切る仕事で過ごした方なのです。)お話が出来るようになってらして、山のお話を少し、してくださいました。山の動物たちは本当に今、食べるものが無くなってきているそうです。イノシシなどはもう仕方なく山里に下りてきて、田畑の稲など、実にうまくその実だけを口にいれ、食べられる球根は上手に探し、生きながらえようと必死だそうです。野鳥も熊も狸も・・・!人間は?いまさら、縄文時代に帰るわけにもいかず、素朴さが微塵も感じない情報社会でこれからどう生き延びていくのでしょう!そんな時代を生きているIchは、自分にも責任があると自覚せざるを得ないが、気が付いた人からよい方向へ向くよう努力していきましょう!!

そんな中、今週も読み聞かせでグリム童話を4年生に読んであげるためにページをめくっていて、そろそろ‘ブレーメンの町の楽隊’(この題は似たような感じでいろいろに訳されている)を読もうかなーと。
初版(1812年)にはまだいれられていませんが、第2版が1815年、グリム兄弟の弟ウイルヘルム・グリムが生前最後に出した第7版が1857年、初版が出る頃、ドイツはナポレオン軍に踏みにじられていて兄弟は草むらにちらばっている宝石のような民話や民謡を今のうちに拾い集めておかなくては、というのが熱烈な願いだったようです。
伝説とは違い、グリム童話には地名とか年月日ははっきり記されていないのです。
ごくわずかブレーメンのように出てくることがありますが、別にこのお話のように、ブレーメンに行こうとしているだけでやはりメルヒェンなのです。
しかし、しかしなんです!クラシック音楽と繋げようと想うと・・・。このグリム兄弟が生存していた頃、音楽の世界はどのようであったか、ジャジャジャジャ~ン!

そうです、兄のヤーコブ・グリムは1785年~1863年、弟のウイルヘルム・グリムは1786年~1859年。その時代と同じ時期の作曲家にはJ・S・バッハ(1685~1750)はすでになくなり、メンデルスゾーン(1809~1847)がバッハの楽譜をみつけるまではバッハは世に出ていませんでした。
モーツアルト(1756~1791)がザルツブルグで誕生し宮廷世界で活躍している一方、古典派からロマン派への掛け渡しになったベートーウ”エン(1770~1827)がまさにドイツのボンに生まれ、同時代を生きている。
ベートーウ”ェンは二十歳からオーストリアのウイーンに住むようになりモーツアルトに一度だけ会っています。後、ハイドンにも習ったりして、エピソードはいくらでもありますが、今はメルヒェンとの関係を綴っているのでいつか又にすることにして、シューベルトやショパン、シューマン、リスト、ワーグナーと沢山の音楽家が出現してくるのです。

ヨーロッパはウイーンを中心にしてロマン派が繰り広げられている時代にグリム兄弟は静かに着々とメルヒェンの収集に没頭していたのです。
彼らにもきっと音楽は聞こえていたでしょう!兄のヤーコブは後半ベルリンの大学で学者として活躍していられたので、当然、その機会は・・・と想いながらもIchの耳に、目に、入ってこないのは何故なのであろうか?ここからが、Ichの想像力を掻き立てるところなのです!!
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by madamegrimm | 2007-02-05 12:56 | クラシックはお好き? | Comments(5)

私の日常(madame grimm)


by madameoyou
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