『虹いくたび』川端康成著(新潮文庫)を読む

 今日も花冷えの日、明るい光に舞う花吹雪を見たいのですが雨に濡れた花びらが地面を蔽っています。

先日、書店を探索していました時、待望の復刊!と称して川端康成の『虹いくたび』というタイトルに惹かれる。

読んでいません。丁度、今の作家の方々の文章の書き方に疲れてきていて、日本語として基本的な文章を読みたいなーと思っていたところでした。

今完読して本物?の小説家に久々に出会った感じです。文の構成から人間の綾から、といたるところに活き活きとした描写に圧倒されました。

決して煌びやかな美しい内容ではありませんが、京都の四季の美がそこに佇む人間関係と絡まって作者の意図が読みとれ、昭和25年50歳頃の作品でありながら川端康成の死への道とつながり、考えさせられる場面の多々にぶつかるのでした。

冒頭から 琵琶湖の向う岸に虹の立つのを麻子は見た。から始まり、三人のそれぞれ母の違う姉妹、百子・麻子・若子が亡くなった人たちの影を背負いながら建築家の父・水原を中心にした娘たちのドラマなのです。

美しい京都弁がちりばめられていて、京都の芸者である水原の相手・菊枝の言葉に
「そうどすか。なんやしらん、沈んどいやすなあと、思てたんどす。御愁傷さまどしたなあ。」
と麻子の母である本妻が亡くなったことを知っての三番目の若子の母の言葉・・・。

こんな言葉もはかせています。
「人間はなんの時でも、なんか辛抱せんならんもんやけどなあ。ええ時てないもんどす。」

京都弁が柔らかく聞こえながら女の宿命みたいなものを感じるのです。そしてその季節季節に登場する花々、木々が各お寺の境内を写し出していて京都の街々が手に取るように雅やかです。

これぞ小説を楽しみました。

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尚こちらの後ろの解説には昭和37年10月北条誠、平成28年2月田中慎弥が記しています。
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Commented by k_hankichi at 2016-04-06 08:01
美しき日本語。美しき情景。美しき心。読みたいです。解説にも興味津々。
Commented by Oyo- at 2016-04-06 10:07 x
はんきちさま そうなんです^^ 後ろの解説が田中慎弥・・・、なんとなく理由がわかりました。こちらの姉妹の長女である百子の母は自害しており性格が歪んでいて、さりげなく川端の生い立ちなどと比較したりして彼の複雑な関係性と一致するのでした。
Commented by maru33340 at 2016-04-06 20:06
昔々読んだはずですが、すっかり内容を忘却しております(*_*)
Commented by Oyo- at 2016-04-06 21:57 x
maruさま お読みになっていらっしゃると思いますが、この作品は『山の音』のような一貫性はありませんが、昭和20年代の東京と京都を結ぶ東海道線夜行の時代で都踊りが7年ぶり再開とか京都の三条辺りから大徳寺、桂離宮等の寺々の庭にある風情の描写や・・もう京都を歩いているようです^^ 貴殿はこのような処でお育ちになっていらっしゃると思うと益々読みを深くしました(*^^)v
by madamegrimm | 2016-04-05 13:53 | 人間 | Comments(4)