朔太郎の詩集より

 如月(きさらぎ、2月)も今日で終わり。

昨日までのあの寒さはどこへ行ったのか・・・、いよいよ明日からIchの月、弥生です。

髪をカットして颯爽と街を歩いてきましょう。土の下の生きものたちも、木の幹の生きものたちもみ~んな動き始めます。

春です。朔太郎詩集にこんな詩が載っていました。

  ‘春の実体’

  かずかぎりもしれぬ虫けらの卵にて、
  春がみつちりとふくれてしまつた。
  げにげに眺めみわたせば、
  どこもかしこもこの類の卵にてぎつちりだ。
  桜の花をみてあれば、
  桜の花にもこの卵いちめんに透いてみえ、
  やなぎの枝にも、もちろんなり、
  たとえば蛾蝶のごときものさえ、
  そのうすき羽は卵にてかたちづくられ、
  それがあのやうに、ぴかぴかぴかぴか光るのだ。
  ああ、瞳(め)にもみえざる、
  このかすかな卵のかたちは楕円形にして、
  それがいたるところに押しあひへしあひ、
  空気中いっぱいにひろがり、
  ふくらみきつたごむまりのように固くなつてゐるのだ、
  よくよく指のさきでつついてみたまえ、
  春といふものの実体がおよそこのへんにある。

                          「月に吠える」より

萩原朔太郎の詩は情景が浮かび、音が聴こえてきたり、まさに幽邃(景色などがもの静かで奥深いこと)!

もう一つ記したい。

  ‘時計’

  古いさびしい空家の中で
  椅子が茫然としているではないか。
  その上に腰をかけて
  編物をしている娘もなく
  暖炉に坐る黒猫の姿も見えない
  白いがらんどうの家中で
  私は物悲しい夢を見ながら
  古風な柱時計のほどけて行く
  錆びたぜんまいの響を聴いた。
  じぼ ・ あん ・ じゃん! じぼ ・ あん ・ じゃん!
  
  古いさびしい空家の中で
  昔の恋人の写真を見てゐた。
  どこにも思い出す記憶がなく
  洋燈(らんぷ)の黄色い光の影で
  かなしい情熱だけが漂ってゐた。
  私は椅子の上にまどろみながら
  遠い人気のない廊下の向うを
  幽霊のやうにほごれてくる
  柱時計の錆びついた響を聴いた。
  じぼ ・ あん ・ じゃん! じぼ ・ あん ・ じゃん!
               
                     「定本 青猫」より


*じぼあんじゃん!じぼあんじゃん!なのですが間をあけましたのはIchの誇張です^^







  
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by madamegrimm | 2013-02-28 13:46 | クラシックはお好き? | Comments(0)

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